課題山積のアニメ制作産業、作り手をどう支える カドカワの目標は「制作スタジオ全員がベンツに乗れる」【後編】


課題山積のアニメ制作産業、作り手をどう支える カドカワの目標は「制作スタジオ全員がベンツに乗れる」【後編】
左からKADOKAWAスタジオ事業局・田村淳一郎氏、事業局長・菊池剛氏

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アニメ業界の制作費高騰、人材不足、制作環境の改善――日本のアニメ産業はストリーミングの隆盛で急成長を遂げているが、同時に多くの構造的課題を抱えている。出版からアニメ制作まで一貫して手がけるKADOKAWAは、これらの課題にどう向き合うのか。

直近には『【推しの子】』をはじめとする名作を多数排出する動画工房の子会社化を果たし、グループで7つのスタジオを擁する同社の視点から、アニメ業界の現状と未来について聞いた。執行役Chief Studio Officer(CSO)兼スタジオ事業局局長の菊池剛氏とスタジオ事業局スタジオ制作Div. ゼネラルマネージャーの田村淳一郎氏が語る、業界改革への道筋とは。
(取材=アニメジャーナリスト・数土直志)

※本記事は【後編】です

全体で年50本の制作体制…「日本一仲のいい制作グループ」に挑戦

――KADOKAWAはアニメ事業が大きな成長の柱になっていますが、内部ではどのくらいの人数が関わっているのですか?

田村淳一郎氏(以下、田村)——本社側の「アニメ事業局」には、プロデューサー30人と同じ数ぐらいの宣伝マンがいて、ライツ営業で50人が所属していて、それを軸に法務などもあります。そして、新たに立ち上げた「スタジオ事業局」はだいたい30人、制作ディビジョンの調整、経理ディビジョンに各10人ずつぐらい在籍しており、傘下のスタジオに800人以上います。

――この規模感では年間で何クール、何エピソードぐらいが作れるのでしょうか。

田村——いま7社で、10クール、10.5クールぐらいは制作できると思います。目標はKADOKAWAグループでだいたい年間トータル50本弱ぐらいですので、その1/3を内製化したいのですが、いまそれにだいぶ近づいてきています。

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2025年度に放送・放映予定のアニメ作品ラインナップ

――今年3月にはKADOKAWAグループのスタジオが合同で就職説明会に出展したと聞きました。

田村——3月にワクワークというアニメ業界の就職イベントがありまして、今までは一社ごとにバラバラに参加していたんですが、今回はKADOKAWAグループでポスターを統一して合同で出展しました。説明会もレイジングブルとENGIが並んで、同じ机でポートフォリオ見るみたいなこともやりましたね。

――手応えはどうでしたか?

田村——ありました。同じ机に別の会社が座って別々に話したりとか、ちょっと時間が空いたら、隣にも行ってもらったり。お互いに気を使いながらやっている。たぶん就職を目指しているかたにも伝わったと思います。僕らは「日本一仲のいい制作グループ」をスローガンにあげているのですけど、まさにそうした雰囲気を伝えられたのがすごく良かった。

菊池剛氏(以下、菊池)——うちのプロデューサーたちは、アニメだけで育ってきている人はあまりいなくて、田村(淳一郎)Pは、もともと編集、僕は実写制作みたいな。最初は制作だけど、将来的にはアニメ事業局といった移籍も可能で、それがKADOKAWAグループのいいところかなと思っています。

田村——制作会社からメーカーのプロデューサーになるキャリアは割と多いですよね。プロデューサーになりたいのであれば、それもグループ内で出来ると。キャリアのオプションがすごく用意されているのは、KADOKAWA独自だと思います。

変化するアニメ業界の“人材像”とは

――KADOKAWAグループに限りませんが、今、アニメ業界を目指す若者はどんなかたが多いのですか?

田村——世代的なものかもしれませんが、昔に比べるとすごくしっかりしたかたが来ます。

菊池——昔であれば、面接で目が合わないといった「これから社会出て大丈夫?」って思いつつも、実はすごく天才気質という方もいました。面接側はそれを見抜く力が必要でしたが、今は一般的になってきています。

田村——僕も現場に入って20年近くになるのですが、やはり”荒くれ者感”は、だいぶ薄くなっています。きちんと自分の仕事をやって、朝も来るし、挨拶もできます(笑)

菊池——自分の役割はきちんと果たす。ただそれで上を目指すかとの話になると「現状に満足してます」という人は意外と多いです。自分の生活をしっかりとやれていると頼もしいところがある反面、「私がヒットを出してやるんだ!」っていう荒らしさは影を潜めている感じもありますね。

そうした世代がこれからどんな作品を作り出していくのかは、一緒に見ていきながら考えていきたいです。今は「私がヒットを出すんだ」って野心を秘めている人は、たぶん自分で作品を作る時代だと思うんです。パソコンとかでも全部自分で編集までやれる時代ですから。

――プロデューサーでもそうです。 アニメーターといったクリエイティブ職も含めて、こうした人がアニメ業界にも向いているみたいなことはありますか?

田村——集団作業を苦にしない人だと思います。今のアニメは作るのにすごく人数がかかって1本当たり何百人という人間がいます。自分のカットを終えたら次の人に渡していくといった周りの人たちとの作業が苦じゃない人は、いい職場環境を作れるんじゃないでしょうか。アニメーターでなくても、制作進行で力を発揮する人もいる。業界内の知識があればいろんなポジションがあります。

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インタビューに応じる各責任者

――いまデジタル化が進んで、必ずしもスタジオにいなくても、仕事ができる職種も多いのですが、やはりスタジオにいることは重要ですか?

田村——重要だと思います。アニメーションづくりは人がやっている作業を見るのがすごく勉強になるので、ある程度自分のやり方ができるまでは、なるべく一緒に仕事をしたほうがいいと思います。何年後かに自分のスタイルが確立された後、引っ越さなきゃいけない、親の介護をしなきゃいけない、だから家で仕事をしないといけないとなったら、それはできますので。それまでの基礎は人と一緒にやった方が成長が早いです。

――人材育成はお金がかかりますが、会社としては負担には感じないですか?

菊池——それを感じたらこの舵切りはできないですよ。アニメ制作は、人材があってのものじゃないですか。だから、そこへの投資は当然です。それを怠ったがゆえの今の構造はあるわけです。お給料だけでなく福利厚生であったり、育児補償であったり、本社でやっているシステムをどんどん制作会社でも導入していく。それが制作のコストで、これだけの制作費が必要だと表現していかないといけない。そこに舵を切ったってことですね。腹をくくっているということです。

田村——そこはもう僕ら覚悟が決まってやっていますね。

【NEXT】成長するアニメ業界、制作費高騰はポジティブに受け入れられるべき

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著者 数土直志