特撮やアニメの音声収録で“AR技術”はどう活かせる?現場のプロに活用術と魅力を聞きました〈対談特集〉


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音声収録におけるARグラスの活用と課題

桑原:個人利用としては十分すぎるほどの利便性を感じているなか、ARグラスを「制作現場においても活用できるのではないか?」と思っています。中澤さんとは、まずはアフレコブースにARグラスを導入した場合の効果や課題について、一緒に整理をしていきたいです。

中澤:桑原さんは、音声収録の現場とARグラスでどのようなことができると想像しているのでしょうか?

桑原:私の考えとしては、ARグラスを活用すれば、あとはマイクとヘッドホンがあるだけで、映像を確認するモニターが無くてもアフレコ(音声収録)ができる時代が来ると思っています。

アフレコでは、声優やナレーターは、固定されたモニターと台本を見ながら演技をしています。ARグラスを使えば、モニターや場合によっては台本までもがグラスの映像に映し出せるので、より自由度の高い声の演技ができるのでは?と思っているんです。

中澤:まさに認識のとおりで、ARグラスであれば実現が可能な領域だと考えます。モニターが固定されていないと、どのような点でプラスの効果が得られるのかについても教えてください。

桑原:アフレコにおいて一番大切なのは、声優さんやナレーターさんなどが演技をしやすいことなんです。身振り手振りをしながら気持ちを込めて演技する方が多いので、固定されたモニターを見なくても良いのであれば、より伸び伸びとアフレコができるようになると感じています。

そのほか、現実に映像を映し出す性質上、紙の台本を使いたい方にもマッチしているといえますね。さらに、足が不自由な方がモニターの場所を気にせずに演技ができることも、ARグラスが実現できるであろう理想の未来の一つです。

中澤:制作現場で実際に働いている方にしか想像できないような、まったく新しいARグラスの使い方だと思います。導入にまで至らない理由には、どのようなことが考えられるのでしょうか?

桑原:もっと簡単に導入ができるようにならなくては、制作現場へ普及されないと思っています。たとえば、ケーブル一本を接続すれば、その場にいる20人全員に共通の画面が映し出されるぐらいでないと、プロの現場に取り入れられないのではないでしょうか。そして、個々が台本やモニターの場所・サイズを自由に設定できることが大切ですね。

中澤:いまお話いただいたところは、今後実現できる可能性が十分にあると思います。すでに装着者の動きに連動して映像が動く「3DoF」や、映像を固定できる技術の「6DoF」が実装されています。

桑原:モニターや台本の位置を演者が自由に移動・固定できるようになれば、まさに私が想像する未来に近づけますね。毎日稼働する制作現場を止めるわけにはいかないので、最小限の機材と工事で導入できると、どこのスタジオでも採用される可能性がありそうです。ワイヤレスヘッドホンと一緒に、ARグラスが並ぶ未来が見えてきたかもしれません。

ミックススタジオからモニターが消滅する?

桑原:次に、アフレコブースの隣でリアルタイムに音のチェックをおこなう「ミックススタジオ」でのAR活用について考えていただきたいと思います。

見ていただければわかるとおり、スタジオはモニターだらけ。実は、モニターは音を反射してしまうので、音響特性に悪影響を及ぼぼしてしまうのです。その反射を含めた音響調整をスタジオでは行っておりますが、モニターがないに越したことはありません。

中澤:なるほど。モニターがARグラスに置き換わるだけで、音響のクオリティアップにつながることは想像つきませんでした。とはいえ、ARグラスをかけての作業を想像すると、まだ実装には至れない課題もありそうですね。

桑原:おっしゃる通りです。まずは、コミュニケーションの問題がありますね。アフレコをおこなうたび、アフレコルームにいる人間だけでなく、スタジオ内の監督やミキサーなどと対話をおこないます。そのたびに、グラスを外して会話をするのは現実的ではありません。

中澤:現在は、ARグラスの構造上、どうしてもグレーがかった視界になってしまうので、メガネのような細かなコミュニケーションは困難だといえますね。日常生活でARグラスを常時使用することを想定した場合、歩行や運転時に利用できない理由の一つが、これにあたります。

ただし、ARグラスの目的は“日常生活の質を上げる”ことだと立ち返ると、メガネと同程度に視界がクリアになっていくことが今後想像できますし、透明度の高い製品を開発しているメーカーもでてきています。ARグラスを装着したままコミュニケーションが取れる未来がやってくる可能性は、十分にあるといえますね。

桑原:ほかには、やはり有線の問題でしょうか。もし無線が当たり前になれば、スタジオ内を自由に移動しながら使えるので、かなり実用化が見えてくると思います。とはいえ、音響制作の現場においては、少しの音の遅延が命取り。100%信頼できるレベルで遅延を防げるかどうかも、課題としては挙げられますね。

中澤:ARグラスが現在の軽さを保っているのは、バッテリーを積んでいないことが一つの要因として挙げられます。そのため、無線になると、グラスが重くなるだけでなく、厚みが出てしまうなど別の問題が発生すると考えられますね。

現在、バッテリーが内蔵された独立型での使用が可能なARグラスも販売されています。これからバッテリー自体もどんどん小さくなっていけば、軽くて、長時間利用可能な完全ワイヤレス化も夢ではありません。

桑原:アフレコは、丸一日かけておこなうことがよくあります。そのため、重いグラスをかけたまま長時間の作業は厳しいですね。ただ、ここまでの話を聞くと、スタジオでの実装もそう遠くないように感じます。

中澤:2023~24年は、各AR・MRグラスメーカーが軒並み新製品を打ち出して、市場が一気に熱を帯びてきた感覚がありますね。1年のあいだに製品を2.3個発表している企業もめずらしくありませんでした。その都度、グラスの軽量化や、デザイン面の改善、操作性や音質の向上、そしてさきほど話した「3DoF」・「6DoF」などの機能向上がみられます。

つまり、今後2~3年程度で、制作現場の実用化に至らない問題をクリアした製品が出るといっても、決して大げさではありません。

【NEXT】特撮×ARグラスの“異常”に高い親和性

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著者 川上良樹