生活路線に“推し活”求めファン多数、静岡市民が目の当たりにした「ヒロアカ」の集客力 アニメは文化圏の架け橋に?


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静岡県静岡市を東西に走る静岡鉄道静岡清水線。地元の人にとっては、重要な生活路線でもある。この静鉄と、TVアニメ『僕のヒーローアカデミア』とのコラボ企画が2024年3月17日から同年6月16日まで実施されている。

静岡市内を、『ヒロアカ』の主要キャラクターが施されたラッピングトレインが疾走する。アニメを知らない人から見れば、これはもしかしたら異様な光景に映ったかもしれない。そして、このコラボ企画は「人気アニメは地域を活性化させる力を秘めている」ということを見事に証明した。

ローカル路線の車両が緑谷出久や麗日お茶子(作中キャラクター)のイラストをラッピングすることで、静岡市民はそれまでに経験したことのない現象を目の当たりにしている。

高齢化著しい「アニメ放送不毛の地」

静岡県は、かつては「アニメ放送不毛の地」だった。そう言われていた、という表現がより正確か。
ニコニコ大百科やPixiv百科事典ではいささか誇張されてはいるが、「静岡県は『キテレツ大百科』しか放映しない地域」ということは地元住民もよく口にしていた。今でもそのようなイメージを持っている人は少なくないかもしれない。本当に『キテレツ大百科』しか放映していなかったのかというのはともかく、首都圏よりもアニメ(特に深夜帯放送の作品)のラインナップが少なめだったことは事実だ。

そして、静岡県は静岡市も含めて高齢化の著しい地域である。今年5月30日に静岡県が発表した「令和6年度高齢者福祉行政の基礎調査結果」によると、静岡県の総人口に占める65歳以上の人の割合は30.7%。(※)

これは過去最高の数字だ。静岡鉄道がコラボ企画を実施するまで、『ヒロアカ』が一体何なのか全く知らなかった静岡市民のほうが多いのではないか。
そのような地域、すなわち誰しもがアニメを熱狂的に視聴しているわけではない地域で『ヒロアカ』の企画を行うことに、果たしてどのような意味があったのだろうか?

多くのファンが構内に

筆者は写真撮影のために静岡鉄道新静岡駅を訪れた。平日にもかかわらず大勢の『ヒロアカ』ファンが構内に詰めかけていた。

目当てのキャラのラッピング車両がやって来ると、スマホやデジカメを取り出して一斉に撮影を始める。立派な一眼レフカメラを持っている人はあまり見かけない。ということは、やはりこの人たちは「撮り鉄」ではなく、あくまでも『ヒロアカ』のファンなのだろう。

そして、普段この鉄道を生活の足にしている静岡市民は、『ヒロアカ』のラッピング車両に目を輝かせるファンの姿を目撃している。
「あの『ヒロアカ』というアニメは、あんなに多くのファンを抱えているのか!?」

静岡市は、観光事業に力を入れている地域というわけでは決してない。そのため、静岡鉄道は箱根登山電車や大井川鐵道のような観光路線ではなく、地元住民の移動を第一にする生活路線だ。

そんな生活路線の車両を一目見るために、県内外から多くの人がやって来る。静岡市民は、まさに今「アニメの集客力」を目の当たりにしているのだ。

静岡と大都市圏をつなぐ「懸け橋」として

静岡市とその周辺自治体は、独自の文化圏を構築している。農業、水産業、工業、物流業が充実し、世界的大企業の本社も抱えている。首都圏にも中京圏にも依存しない「静岡経済圏」と言うべきセクターを構築しているが、それ故に「大都市の動向には興味を持たない」という空気も形成されてしまっている。

だからこそ、中京圏だけでなく首都圏にも積極的にタッチしよう、という浜松市の特色とはなかなか反りが合わないという事情もある。先日行われた静岡県知事選挙も、そうした「性格の違い」から観察しなければならない。全国的に注目されているリニア新幹線問題は、実際には一つの争点に過ぎなかったことはここで断っておきたい。

東京や名古屋には当たり前のようにあるものが、静岡では欠片も見当たらない……ということはよくある。たとえば、東京にも名古屋にも既に進出している電動キックボードのシェアサービスは静岡市にはまだない。「LUUPって何?」と首を捻る人も少なくないほどだ。

良くも悪くも、静岡市の住民は大都市圏の動向には無関心の方が多い。しかし、少子高齢化の進む静岡市がこのまま大都市圏の一挙手一投足に関心を持たないままでいられるかというのは、また別の話である。

此度の静岡鉄道と『ヒロアカ』のコラボ企画は、静岡市と大都市圏をつなぐ懸け橋のような役割を果たしているのではないか。東京や名古屋の人は高速道路を使って静岡市に来訪し、静岡市民はそれを見て「東京や名古屋の人は何が好きなのか?」「向こうではどのようなことが流行っているのか?」を真剣に考えるようになる。

そうした現象を生み出したとすれば、この企画は大成功だったと言えるだろう。コラボ列車は6月16日(日)まで運行中だ。

文・写真:澤田真一(さわだ・まさかず)
静岡県在住。経済メディア、IT系メディア、ゲームメディア等で記事を執筆。東南アジア諸国のビジネス、文化に関する情報を頻繁に配信。
※「令和6年度高齢者福祉行政の基礎調査結果-静岡市」より

著者 澤田真一
静岡県在住。経済メディア、IT系メディア、ゲームメディア等で記事を執筆。東南アジア諸国のビジネス、文化に関する情報を頻繁に配信。
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