誰のための規制?不健全図書から「8条指定図書」マンガ業界人が改名までを振り返る「一度決まると変えるのは厳しい」


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昨年末に行われたマンガ・アニメ業界ほ関係者によるボーダーレス・カンファレンス「第5回 国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(IMART2024)」では、近年改称の動きが進む「不健全図書」をめぐるトークセッションが行われていた。ここでは改めて、都条例や不健全図書をめぐる変遷や現状の課題を報告する。(取材=真狩祐志)

登壇者として、公益社団法人日本漫画家協会常務理事の森川ジョージ氏、NPO法人うぐいすリボン理事で情報法制研究所上席研究員の荻野幸太郎氏が参加。モデレーターは一般社団法人MANGA総合研究所所長代表理事の菊池健氏と、美少女コミック研究家で日本マンガ学会所属の稀見理都氏が務めた。

セッションは各登壇者の自己紹介に始まり、前半では稀見氏による「不健全図書あらため8条指定図書」に至る経緯の解説、後半では荻野氏による「星崎レオ氏のBLコミックが指定されてからの直近2年間」についての解説が行われた。

女性向けが男性向けを逆転 推移するマーケティングとゾーニング

まず前半では、稀見氏のスライド解説を受け森川氏は「稀見さんが作ったグラフは分かりやすくて良い資料だが、僕が見ている角度と全く違う。数字は合っているが、この2年間、自分がやってきたことでは逆の意見を聞いている」と指摘。

さらに森川氏は「僕は反対意見を募るスタイルだから、『自分たちのやっていることが正しい』ではなくて、『自分たちは間違っているかもしれない』なので、反対意見の人たちがやっていることを一番知りたい」と述べた。

そして、森川氏が言及した「稀見氏のグラフ」は男性向けコンテンツの減少とBLの増加を示すものだった。これについて森川氏は「男性向けがゾーニングして自衛しているから。BLは本屋で平積みにしてタイトルや表紙を晒しているので、職員が手に取ってしまう。出版社の販売部で担当している人が自衛するべき」という意見を多く耳にしてきたと説明した。

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「8条指定図書」対象性別での本数の違い

森川氏は「男性向けは叩かれてきたから自衛して減った。BLだけ叩かれるのは当たり前だと。なのでこのグラフは数字はあっているが、実情は違うと思う」と分析。「僕は不健全図書の名称を変更したいので、稀見さんが調べてきたことは合っていると思う。だが現状として、それに対して誰が何を思っているのか、市場ではどういう風に見られているのか、反対運動している人たちには分からないと思う」と付け加えた。

これを受けて荻野氏は「東京都の場合は自主規制でやれと。こういうものは自主規制でやらないといけないというルールを設けている。そのルールに抵触してしまっているのに、なんで自主規制しないのか」という反応があったことに言及。「星崎(レオ)さんが『アンフェアじゃないのか』とX(旧Twitter)で問いかけた時に、かなり自主規制を守らないBL関係が悪いという反発や反論は多かった」と振り返った。

また荻野氏はBL側からの「男性向けは18禁コーナーという自分たちの特権や島を持っているという反論もあった。男性向けだけが独占してきたのはどうなのか」という意見も紹介し、「確かに売り場がなくなるのは困るから、何とかしなければならないのは分かる」と理解を示した。

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一度決まると変えるのは厳しい 成立の背景は

さらに荻野氏は「マーケティングとゾーニングが一致してるいか、していなかというのは深刻な問題。自殺(自死)の歴史みたいな真面目な本を有害指定している県があるが、エロ本コーナーに区分陳列できるかというと厳しい。そこの難しさがある」と問題提起を行った。

森川氏は稀見氏のスライドを参照しながら、「もう1つ合致する資料があると思う。1964年に制定されたとあるが、その年は印刷技術が発達してきて、週刊連載の雑誌が出始めた」時期であることを指摘。「それまでは貸本だったのが、両親の目に留まりやすくなった。今だとスマホやゲームが当てはまる。だから目に留まると怖いから行政に規制してくれと頼む」と、条例制定の背景を解説した。

また森川氏は年々低下傾向を示す稀見氏のグラフに触れ、「デジタルでスマホの中に入って目に触れなくなった」とも分析。「僕が一番言いたいのは、どの条例を作るにしても、目に触れて怖がるのではなく10年間待ってくれ。子どもたちは悪くならないから行政に言う前に10年待ってくれ」と訴えた。

さらに森川氏は国際的な視点から「国連が今、日本のマンガを規制しなければと言ってきているが、他の国に比べたら日本の性犯罪率は極めて低い。こんなに日本だけマンガが発達してても、性犯罪率が低いからマンガのせいではない。スマホのせいでもゲームのせいでもない」と指摘した。

前半の締めくくりとして森川氏は「行政に駆け込んで条例を作れば、子どもたちの成長が良くなるとかではない。条例ができてしまったら、名前を変えるのにもめちゃくちゃ苦労する。何も変わっていないが、名前を変えるだけでも苦労する。1回規制されたら、100年200年続く。それを『不健全図書』と絡めて考えてほしい」と総括した。

2022年4月から2024年9月までの動き 森川氏都議会を行脚

後半のセッションで荻野氏が直近2年間の動向を解説した後、森川氏は「みなさん表面上の経緯は分かっているが、話せない話が多すぎる。色んな会派から『これはこういう方針でやりたいから、まだ表に出さないでほしい』などといったのが多かった」と明かした。

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その背景として、森川氏は都議会各会派への働きかけを行っていたことを説明。「陳情が不採択になって、どうしようかということを話し合った。我々でも話し合うが、現場に行って話もしなければならない。まず都民ファーストに行ったら、暖かく迎えてもらえた。陳情書の時に不採択にした会派なので、反対なのかと思った」と振り返った。

その際、都民ファーストは『不健全図書』からの名称変更について既に検討を進めていたという。森川氏によると「全会派一致で請願に切り替えよう、ちゃんと会派の推薦もついたかたちで、団体名で議会に提出しよう。各会派を回って説き伏せてほしい」と依頼されたとのことだ。

森川氏は「みんな賛成だった。本当にマンガに理解ある都議ばっかり」と手応えを感じていたものの、「それでいけるかなと思ったら、また怪しくなった。都議会の中でも『不健全図書』はマイナーなことだったから、どさくさに紛れて決まるかと思っていたが、注目されすぎた」と状況の変化を説明。「見境なく出ていたら注目されすぎて、各会派で綱引きが始まり、どこの手柄になるのかという話になった。有志の会を作る前だったので、しまったと思った」と当時を振り返った。

セッションは時間切れとなり、森川氏が「ここから面白いのに」と残念そうに語る中で終了。最後に菊池氏は「誰が何をしたのかが明らかになったのは良かったし、これからもっと問題が起きてくると思う。そうした時に詳細な理解や実務で、法律や条例が変わっていく話ができたのが良かった」と締めくくっていた。

オタク総研編集部

著者 オタク総研編集部
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