『ゆるキャン△』は西を目指す?アニメに登場した“静岡最奥の地”から考える地域振興


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今月11月にアニメ『ゆるキャン△』の第4期制作が発表されたが、これに最も歓喜したのは静岡県かもしれない。静岡県の広報紙での掲載、各施設での展示スペース設置等、県はゆるキャン△を強く推すようになったからだ。

今年に入り、ゆるキャン△第3期放映の影響もあって「静岡県×ゆるキャン△」のタイアップ企画が盛んに行われるようになった。かつては不毛の地とまで呼ばれていた静岡県だが、今では「アニメの影響力が地域振興につながる」という原理をよく理解しているようだ。

そして、間近に迫る名豊道路の全面開通は経済的影響力を東に、そして文化やアニメの影響力を西に伝える役割を果たしてくれるかもしれない。作品の聖地が点在する“オクシズ”を静岡県在住の筆者が紹介したい。

アニメ第3期に登場「オクシズ」とは

11月22日、静岡県牧之原市の富士山静岡空港。この日、ターミナルビル2階の国内線出発口前にゆるキャン△のパネルコーナーが設けられた。等身大のパネルや場面を収めた画像、担当声優のサイン入りポスター、そして実際に使用された台本も展示されている。

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ゆるキャン△の主要キャラクターは、山梨県南部に在住しているという設定だ。しかし、今やこの作品は静岡県の地域振興に大きく貢献しつつある。ゆるキャン△第3期では、なでしことリンと綾乃が静岡県北部を旅したエピソードが放映された。

大井川鐵道でアクセスできる井川、そしてリンと綾乃が苦労しながらようやくたどり着いた畑薙大吊橋は、静岡市中心部から見れば「最奥の地」である。静岡市は海に面しながらも、北へ行けば3,000m級の山脈を見渡すことができるダイナミックな地形だ。

アニメにもあった通り、ここまでの道のりは落石が多くバイクで行くにはかなり難易度が高い。綾乃のホンダ・エイプは落石を踏みそうになっていたが、この時スリップせずに車体を制御し切った綾乃のライディングテクニックは相当なものである。

そんな静岡市北部は「オクシズ」と呼ばれ、近年は観光業の振興に力を入れている地域だ。

オクシズと静岡市中心部とのアクセスは、綾乃が示した通り非常に困難である。土砂崩れや積雪による通行止めも珍しくない。こう書くと「静岡で積雪?」と言われるかもしれないが、雪が降らないのは静岡市南部での話。冬のオクシズは、平野部からでも肉眼で確認できるほどの白化粧を帯びる。

そして、他県の山間地域でも起こっている問題がオクシズにもある。「働き手の流出」だ。

危機に直面するオクシズ

オクシズには「井川方言」という言葉がある。静岡市中心部に住む人が使う方言と異なるものだ。しかし、この井川方言は消滅の危機に瀕している。オクシズで生まれた人の多くは、静岡市南部もしくは県外へ移ってしまうからだ。

「井川方言を話すのは祖父母の世代まで」と言われ、今年は静岡理工科大学の学生と国立国語研究所が井川方言の現地調査に乗り出した。優秀な若者の力を借りなければ、方言の維持も困難な状況になっている。過疎化は、その土地の伝統や文化まで脅かしてしまう。

その問題に行政が取り組むとしたら、「地域の主幹産業の確立」は避けて通れない課題である。幸いにも、オクシズには自然という名の観光資源がある。

ネットとスマホは「アクセスの難易度」を下げた

ネットがない時代、鉄道が通っていない地域からの情報発信や人の移動は極めて困難であった。だからこそ、かつての大井川鐵道は周辺地域のインフラ整備の土台となる生活路線だった。現代では、鉄道事業収入の殆どを環境目的の利用者から得ている。日本唯一のアプト式ラック鉄道や『きかんしゃトーマス』とのコラボSLは全国的に有名だ。

しかし、何かしらのきっかけで観光関連の収益が低迷すれば、それが大井川鐵道にとっての致命傷になり得る点も否めない。実際に、大井川鐵道は収益低下から倒産の危機に直面したこともある。
それらの事情を踏まえた上で、改めてゆるキャン△第3期を見てみよう。

なでしこやリンは、友達とメッセージアプリを使って連絡を取っている。これからキャンプに行く場所の下調べも、キャンプ用品の購入も、あらゆることをスマホ片手に実施する。リンの愛車ヤマハ・ビーノには、スマホホルダーが装着されている。彼女たちは、常にオンライン環境下にいるのだ。

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リンは身延町の自宅から大井川鐵道の千頭駅までソロツーリングをしていたが、山間部のツーリングというのは携帯電話(スマホ以前のフィーチャーフォン)の普及前は集団でやるものだった。多人数で紙の地図を読んで正しい道程を割り出す作業が必要で(一人だと地図を読み間違えた時の修正が利かない)、万が一仲間のバイクが動かなくなった場合は他の誰かが近くの民家に行って電話を借りる……という緊急事態も想定しなければならなかったからだ。

ネットとスマホが登場したからこそ、オクシズへのアクセスの難易度がぐっと下がり、またオクシズからの情報発信も容易になった。オクシズが観光業で賑わうための下地が、ようやく整ってきたのだ。

名豊道路が開通間近!

山梨県が舞台のゆるキャン△は、道路を通ることでその影響力を伊豆半島やオクシズに伸ばしている。
もしかしたら、今後なでしことリンはさらに西を目指すのではないか。

というのも、今年度は愛知県豊橋市と豊明市を結ぶ名豊道路の全線開通が予定されているのだ。これにより、名古屋市と浜松市の約100kmの信号なし無料道路が実現する。

長大なバイパス群は、静岡県中部を中京経済圏に取り込む可能性を秘めている。静岡市とその周辺地域の住民から見れば、経済的インパクトが西からやって来るということだ。が、それ以外にも静岡・山梨の物産や文化的要素が中部横断自動車道や国道1号、そして名豊道路を伝って名古屋に到達するという効果も発生するのではないか。

その瞬間、ゆるキャン△は原作漫画やアニメの枠を飛び出し、広大な地域を跨ぐ巨大コンテンツに変貌するだろう。

著者 澤田真一
静岡県在住。経済メディア、IT系メディア、ゲームメディア等で記事を執筆。東南アジア諸国のビジネス、文化に関する情報を頻繁に配信。
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