『ゆびさきと恋々』説得力ある手話シーンには専門の作画担当と監修がいた。アニメ監督に訊く、作品をモット楽しめる“こだわり”の数々


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毎週土曜日22時30分よりTOKYO MXほかにて放送中のTVアニメ『ゆびさきと恋々』。講談社「月刊デザート」にて連載の森下suu先生による同名マンガを原作とする本作、聴覚障がいがあって耳が聴こえない女子大生の「雪」と同じ大学の先輩「逸臣」との出会いにはじまるピュアラブストーリーとなっている。

今回はそんな本作について、アニメーション監督を務める村野佑太氏へのインタビューを実施。3月に入り放送がクライマックスへと差し掛かる中、制作への思いやこだわり、そして各エピソードでの気になる裏側などを伺った。まだ見たことのない方はもちろん、これまで視聴してきた方もより本作の解像度が深まる内容になっているのでチェックしてほしい。

ハイレベルな原作のアニメ化、仕事を請けた時は…当時振り返る

――まず、どのような経緯で本作の監督を引き受けたのか教えてください。

以前講談社さんの「かくしごと」という作品のアニメで監督を務めていたんですが、作品を作り終えた報告会…という名のごくごく少人数による食事会の際に講談社さんから勧められました。少女漫画は一度手掛けてみたいなとは考えていましたし、「これを村野さんに作ってもらいたい」と言っていただけたのが嬉しくてその場で「やります!」と返しました。

――初めて原作を読んだとき、どのような印象を持ちましたか?また、制作を行う過程でその印象が自身に影響したり、印象自体が変わったりはしましたか?

登場人物の雪が、耳の聴こえないことをネガティブにとらえていないというスタート地点がとてもパワフルで、一気に引き込まれました。とても現代的な姿勢で作られた物語ですよね。それに加えて圧倒的に繊細で画力の高い作画も揃ったハイレベルな作品で、正直「こりゃまいったな、大変だ!」と感じました。

ただ、漫画表現を駆使して「耳の聴こえない世界」の描写に挑戦されているのに非常に刺激を受けまして、この作品に音と色と動きを加えられたらどうなるんだろう…と、自分自身がそれを見たくなったんですよ。その時の初心を忘れずに今でも制作しています。印象はずっと変わらないですね。

新たな楽しみ方も芽生える、手話へのこだわり

本作は手話という、他作品ではあまり見られないコミュニケーションが特徴的です。

――原作は繊細で忠実な手話表現に定評がありますが、本作をアニメ化は難しいものだったのでしょうか。

制作期間に厳しい縛りのあるTVアニメで手話をアニメートするのは本当に大変でした…まずそもそも手話を描ける人が少ないので。手話作画担当という役職を設けまして、複雑な作画が要求される手話はその役職を務める3人のアニメーターさんで全て描いています。

――ここは特に力を入れた、といったポイントはありますか?

力を入れたポイントは「手話は言語である」ということによる表現ですね。教科書的なポーズにおさめるのではなく、感情によって指先が力んだり、脱力したりといった描写を加えることで、より自然な手話会話に見えるよう心掛けています。

――丁寧な手話表現が本作の魅力の一つだと思うのですが、手話シーンの作画を行うプロセスを教えて下さい。

シリーズ構成の米内山陽子さんに手話監修もお願いしていまして、まずシナリオ段階から作画的に実現可能な手話の選別を行ってもらいます。その後米内山さんに実演していただいた手話を映像におさめまして、その映像を参考に作画を行います。

まだ着色もしていないラフスケッチを仮映像にした段階で一度、着色したアニメ映像の段階でさらにもう一度チェックをしていただいて、問題がなければ完成です。その際に出た微調整などを各話の演出担当さんにお願いしてもバラつきが出てしまうので、基本的に手話カットのタイミングは全て自分の方でコントロールしています。

――アフレコにも手話監修の担当者さんもいるとお聞きしました。監修という側面での、本作のこだわりはありますか?

手話を作画に起こす際、つい手の動きだけに拘ればいいと思いがちですが、全然そんなことはなくて。表情や口の動きもそれに連動してこなければ自然に見えないんですよね。また、その際に唇が動くことで鳴るリップ音や息の演技にもリアリティをこめていこうということで、アフレコ時には声優さんにそういった芝居もお願いしています。そこに対するディレクションは正直自分にはわからない部分なので、手話監修の米内山さんにお任せしています。おかげでかなり説得力のある手話シーンになっていると思いますよ。

各エピソードで気になるポイントを直撃、構図レベルでのこだわりも

ここからは、各エピソードにスポットを当ててお伺いします。以降、ネタバレを含む質問や言及がございます。未視聴の方はご注意ください。

――第1話では雪と逸臣が出逢うシーンが描かれました。主人公が聴覚障がいという設定の本作をアニメに落とし込む際、「雪ナレ(雪の心情ナレーション)」において注力した点はありますか?

雪は音を聴いたことが無いので、言葉の正しい発音はわかりません。ただ、だからといって雪のモノローグやナレーションにたどたどしさを持たせるのは止めよう、それは必要最低限にしようと雪役の諸星さんとは話しをしました。雪は実際に発音しているわけではなくて、あれは感情や思考を表現しているものですから。他人を愛しいと思う感情に聴者もろう者も関係ないので、そこに勝手に境界線を作るのはリアリティでもなんでもないんですよね。その視点は常に失わない様にのぞみました。

――第2話をはじめ、本作はアニオリ(アニメオリジナル)描写も複数うかがえます。原作の良さを損なうことなく、アニメ化ならではの魅力を引き立たせたのにはどのような背景があったのでしょうか。

アニメの構成案を練る段階ではある程度その後の展開も把握できていますから、原作で迎えるその後の人間関係により説得力を持たせられるポイントにしぼってオリジナルエピソードを加えていきました。アニメという表現で追加される価値のあるものにしたかったので、色彩などに特徴のあるシーンが多いですね。

2話で言うと、ろう学校での描写がアニオリですが、雪の見つめるステンドグラスの光の透過率を撮影監督と一緒に試行錯誤しました。あのステンドグラスは雪の現状と行く末を示唆する構図になっているので、最後まで大事に仕上げました。

――第3話や第4話ではより、逸臣の魅力が引き立つように思えました。優しさ、好奇心など、多数の魅力があるかと思いますが、監督自身の逸臣の印象を教えて下さい。

逸臣は女性の感じるあらゆる「カッコいい」が詰め込まれたキャラクターですよね。だけどそれが鼻につくこともなく、人間的に魅力がある性格なので男の自分から見ても素直に好きになれる人物です。これは一寸逆説的なのですが…今回原作者先生も脚本家もキャラクターデザインの方も女性じゃないですか。

「素敵な男性にはこうあって欲しい!」という女性の視点はあらゆる角度から込められているので、逆に僕は「あまりそこは気にしないで好きにやる」という男性視点を逸臣に込められるように努めています。逸臣の自然体でフラットな部分と、キュンとくる仕草がちゃんと両立できていると感じてもらえたら嬉しいですね。

恋心伝えたシーンに込められた、世界観を重んじるこだわり

――そして第5話~第6話では逸臣と雪の持っていたすれ違う想いが遂に繋がりました。ここでは逸臣が自ら手話を覚えて、思いを伝えることが大きな見所だと思うのですが、一連のシーンでのこだわり、教えてください。

告白してるところって他人に見られたくないじゃないですか。なので背後にいるりんや京弥は完全に画面内から排除して、周辺の街明かりなども極力排除して、世界中に雪と逸臣の二人だけという世界を演出しています。それがあからさまにならないよう、自然に見えるような塩梅を探るのが中々難しくて…。

6話最後の背後からの抱擁シーンも、あえて二人の周辺以外の街のライティングをオミットすることで美しい画面になったんじゃないかと思っています。リアルな風景と心象風景をうまく混ぜ込んでシーンの意図をより効果的に伝えたいというのは、この作品で強く拘っている部分ですね。

「字幕版」には制作陣の思いが詰まっている

――最後に、本作は通常版に加えて、字幕版がストリーミング配信などで観られますが、字幕版制作への思いや、字幕版ならではの魅力を教えて下さい。

この作品は他作品以上に、耳の聴こえない当事者の方達に見ていただく機会が多い作品だと思うんですよね。字幕版を用意しようというのは、誰が言い出すでもなく全員の共通認識のような形で最初からありました。ただやっぱり、原作者の森下suu先生の想いが強いですかね。この作品を愛している当事者の方達への先生の情熱は並々ならぬものがありますから。そこに近付けるものにする為にも、字幕版は絶対に必要だったと思います。

――早くも折り返しに到達しました。今後ますますときめく雪たちをお届けするに当たり、特に注目してみてほしいポイントをお願いいたします。(インタビューは7話放送前に実施しています)

色々散りばめてきたアニオリも、些細な描写も、全て残りの話数で大団円を迎えるためのアクセントです。それらが集約して迎えるラストは、今まで追い続けてくれた皆さんにもきっと気に入っていただけると思います。制作現場は佳境ですがスタッフ一同誠意を込めて作業していますので、皆さん楽しみに待っていてください!

――ありがとうございました!

『ゆびさきと恋々』作品情報

この手で「好き」って伝えたい…。
累計発行部数360万部突破(電子含む)、各種賞にランクインし、SNSなどでも多くの反響を集める森下suuが描く『ゆびさきと恋々』。女子大生の雪は、ある日困っているところを同じ大学の先輩・逸臣に助けてもらう。聴覚障がいがあって耳が聴こえない雪にも動じることなく、自然に接してくれる逸臣。自分に新しい世界を感じさせてくれる逸臣のことを雪は次第に意識し始めて…⁉
聴覚障がいのある女の子・雪と世界を旅する大学の先輩・逸臣のピュアラブストーリーがはじまる。

【原作】森下suu(講談社「月刊デザート」連載)
【アニメーション制作】亜細亜堂
【放送】2024年1月からTOKYO MX、MBS、BS日テレにて放送開始
【配信】2024年1月6日(土)22:30~ABEMA・U-NEXT・アニメ放題にて、地上波同時先行配信

©森下suu・講談社/ゆびさきと恋々製作委員会

市井

著者 市井
オタク総研媒体統括 兼 合同会社サブカル通信社執行役社長。専門領域はアニメ、テクノロジー(ガジェット)、プログラミング、コンテンツビジネス。PRプランニングやIP調達なども担当しています。新作アニメ、海外スマホ、東南アジア好き。