モノづくり志す全ての人へ――新作映画『数分間のエールを』斬新なタッチで描く夢追う苦しさと情熱


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映像によって楽曲を彩り、その良さを何倍にも膨らませるMV(ミュージックビデオ)。耳で楽しむだけではなく、MVのストーリーや世界観に魅せられてより楽曲を好きになる人も多いだろう。6月14日(金)に劇場公開されたアニメ『数分間のエールを』は、そんなMV作りに情熱を注ぐ主人公・朝屋彼方が悩み、葛藤しながらモノづくりと向き合う物語だ。

※以下、映画のあらすじ及び一部本編の内容が含まれます。ご注意ください。

夢を追う過程の違いが象徴的に描かれる3人

本作でまず目を引くのは、淡く爽やかな色彩だ。独特な色彩によって色づく映像はみずみずしく、特に青空や光が差し込むシーンがすばらしい。彼方のモノづくりにかける青春をこの色彩によって印象的に映している。しかし、本作はモノづくりのやりがいや楽しさだけではなく、心の葛藤も描いている。むしろ、どちらかというとそういった胸の内に焦点を当てた作品だといえるだろう。

ここで、登場人物について触れたい。彼方はMVを作るのが好きで、「自分が作ったもので誰かの心を動かしたい」という夢がある。軽音部の同級生・中川萠美のためにMVを作っている最中だ。「MVってさ、応援なんだよ」と語るように、MVが持つエネルギーを信じており、これからますますモノづくりを頑張りたいという気持ちがあふれている。

対照的なキャラクターとして描かれるのが、雨の中で弾き語りしているところを彼方と出会った織重夕だ。エモーショナルな歌声で、彼方の心を一瞬で掴んだ。織重はかつてミュージシャンを目指していたが、世間から思うように評価を得られず、教員の道に進む。やる気で満ちた彼方と夢をあきらめた織重が出会うことで化学反応が起こり、物語が展開していくのだ。

そして、彼方の友人・外崎大輔も夢を追っていた。しかし、才能とはなにか、いまだになにが作りたいのか分からないという悩みを抱えていることが明かされる。中学生の頃に絵画コンクールで県知事賞をとった実力を持っているが、その実績が呪いのようになっていたのだ。物語の後半で、外崎は美大をあきらめて進路を変更。外崎は夢を追っていたが、壁にぶつかり夢をあきらめてしまったキャラクターとして描かれる。

3人は今まさに夢を追っていたり、過去にあきらめたり、あきらめたところだったりする。夢を追うステージがそれぞれのキャラクターによって違うのだ。モノづくりの楽しさに目覚めたばかりの人は彼方の打ち込む姿に共感するだろうし、挫折を経験した人はいつの間にか織重や外崎の目線に立っているだろう。彼方たちと同じようにモノづくりをする人は、自分と重なるキャラクターがきっと見つかると思う。

情熱に感化されエールをもらえる『数分間のエールを』

本作は、モノづくりの葛藤を主に描いている。だからこそ、彼方が作ったMVというたった数分間の“エール”がきいてくるのだ。彼方は織重が作った楽曲の解釈が違っていたことで挫折を経験するが、それでもあきらめずMV作りに再挑戦する。劇中では、「世界に自分の作品を届ける。それはなんの忖度もない世界だ。自分の努力も情熱も想いもまったく通じることはない。それがモノを作るということ。それでも僕は作りたい。これがモノづくりの始まり」と語られる。厳しい世界にも負けない“衝動”ともいえる創作意欲こそが、モノづくりの原点なのかもしれない。

『数分間のエールを』は、もがき悩む登場人物たちにエールを送りたくなるとともに、私たちもエールをもらえる。モノづくりをする人にとって、きっとなにか心に触れて動かされるような作品になるだろう。(文:まわる まがり)

『数分間のエールを』作品情報

この時代に モノづくりを志す全ての人へ

MV(ミュージックビデオ)の制作に没頭する男子高校生・朝屋彼方は、ある日目にしたストリートライブに感動し、その曲のMVを作りたいと強く思う。しかし、歌っていたのは音楽の道を諦めた女性教師・織重夕だった……。
二人の出会いを軸にモノづくりの楽しさや苦しみを瑞々しく描いた本作は、脚本を『ラブライブ!』『宇宙よりも遠い場所』の花田十輝が担当、監督・演出からキャラクターデザインなど映像のほぼすべてを“ぽぷりか”“おはじき”“まごつき”で構成される映像制作チーム「Hurray!(フレイ)」の3名で作り上げた。

ヨルシカのMVやTVアニメ『可愛いだけじゃない式守さん』のED映像を手掛けるなど、今最も注目を集めるチームが満を持して送り出す初の劇場アニメーションは、フリー3DCGソフト「Blender」をメインツールとして制作が行われており、その独特で繊細な画作りにも注目が集まる。
劇中で織重夕が歌う楽曲の制作を担当しているのはボカロPとしても活躍するVIVI、歌唱はSpotifyが活躍を期待する次世代アーティスト「RADAR:Early Noise 2022」にも選ばれたシンガーソングライターの菅原圭が担当しており、中性的でエモーショナルな歌声で織重夕が楽曲に込めた想いを歌い上げる。

観た人達に前を向いて笑ってもらいたい。
どうかあなたに、
”数分間のエールを”

【公開】2024年初夏全国公開
【スタッフ】
監督:ぽぷりか/副監督:おはじき/アートディレクター:まごつき
脚本:花田十輝/歌唱楽曲制作:VIVI
制作:Hurray!×100studio/配給:バンダイナムコフィルムワークス
【キャスト】
朝屋彼方:花江夏樹
織重 夕:伊瀬茉莉也/歌唱アーティスト:菅原圭

©「数分間のエールを」製作委員会

まわる まがり

著者 まわる まがり
主にアニメについての記事を書くライター。コラムや映画の作品評、マンガのレビューを手がける。

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映画『数分間のエールを』本編冒頭映像