【解説】アカデミー賞受賞の長編アニメ『Flow』は何が凄い?見どころを日本公開間近にチェック

今年で97回目となる映画の祭典、アカデミー賞の授賞式が現地時間3月2日の夜、ハリウッドにあるドルビー・シアターにおいて開催された。今回も各ジャンルの素晴らしい映像作品がノミネートされていたが、注目すべきは長編アニメ部門。
2025年のノミネート作品としては世界中で公開され話題を呼んだディズニー&ピクサーの『インサイド・ヘッド2』をはじめ、多彩な作品が出揃っていた。そんな中で見事長編アニメーション賞を受賞したのが、『Flow』という作品だった。
ハリウッドのメジャー作品としのぎを削って大奮闘した本作は、ラトビア出身のギンツ・ジルバロディス監督が自身2作目の長編として送り出した作品。この作品の主人公は、何の変哲もない、まだ若い普通の黒猫だ。
Blenderで制作された映像作品がアカデミー賞に殴り込む!
『Flow』の世界観は非常に衝撃的なものである。先ごろ公開された公式トレーラー映像では、大洪水が発生し、あらゆるものを押し流している。飼い猫として人の住居でのんびり暮らしていた猫は、この洪水をきっかけとして水没した広大な世界に旅立つことになる。
この映像作品は、オープンソフトウェアのBlenderで制作したという。
Blenderは本作のように3DCGの映像制作にも用いられる他、デジタル合成や動画編集も可能なソフトウェアなので、日本でも活用しているクリエイターは少なくない。
筆者のオタク仲間は、このBlenderを使ってデジタル造形でフィギュア制作まで行っている。凄い時代だ…。
そして猫の道中では、数頭の動物たちも同行する。トレーラーで確認できる範囲では、犬、カピバラ、ヘビクイワシ、ワオキツネザルの姿を見ることができる。
彼らは偶然にも漂流していた舟に乗り合わせ、以降は行動を共にすることに。
大洪水後の世界を舞台とした旅で、なおかつ舟に複数の動物が乗り合わせているというシチュエーション。まるでノアの箱舟伝説が頭をよぎる。
しかし、かの伝説では大洪水後の箱舟を仕切っていたのは人間であった。『Flow』の舟に人間の姿はない。トレーラー映像には、人間が構築した文明の痕跡こそ登場しているが、人類そのものがどうなったのかどうかまでは判然としない。
猫は人間の伴侶動物だが、その猫が主役となり、人の介在しない世界を冒険するというのは、なんとも興味をそそられる。
主要キャラはみんな動物!だから会話劇もなし!言語レスの意欲作アニメーション『Flow』
動物が主人公で、旅をする。こういうストーリーのアニメ作品は『Flow』以前にも多数あった。日本でも古くは1975年の『ガンバの冒険』で、勇敢なネズミたちを主人公に据えて巨大なイタチを倒すための船旅に出掛けていた。
1995年公開の『ベイブ』は、CGやアニマトロニクスを駆使して小ブタの冒険を丁寧に描いた。『ベイブ』は第68回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞。続編も制作された。
いずれも動物たちが流ちょうに人語を使いこなす。これがコミカルでもあり、観る人にとってもある意味で親切だった。
一方で、『Flow』の特筆すべき点は、人の言葉を使わない映画であるということ。
動物たちはそれぞれ固有の鳴き声を発するのみ。会話らしい会話はないようで、言語を介さない物語の進行が当然のものとなっている。
恐らくここも『Flow』がアカデミー賞で俄然高い評価を得た理由ではないだろうか。
言語レスということは、さまざまな国の人たちが観たままでストーリーを楽しむことできるということでもある。そこには当然、老若男女の区別もない。
多様性、という言葉を使うと昨今では「また多様性か」みたいな雰囲気になるが、敢えて用いるとこれだけ多様な人種、年齢、性別に平等に訴えかける作りをした長編の映像作品はそう多くない。
普段外国の映画を吹替で観る派の人が陥りがちなジレンマ「声のイメージが違う」や、字幕派の人のジレンマあるある、「背景の白壁に文字が被って視認しづらい」とも無縁。
ただ映像を注視するだけで、作品のすべての情報量を十全に受け取れる作品となると、それこそ無声映画全盛期を除くと、なかなか過去には存在しなかったのではないだろうか。
今後各国で『Flow』は上映されることになる。日本では3月14日(金)から、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開が決定している。
季節柄、外出しやすい陽気も増えてくるはず。主役の猫たちの、大洪水後の世界を巡る冒険を見届けたい方はぜひ、早めに映画館を訪れてみてはいかがだろうか。(文/松本ミゾレ)